学校教育におけるドラマセラピーの効用

尾上明代


ドラマセラピーを一般市民の演劇活動や学校教育に応用し、日々の生活や人生の向上につながる演劇活動を考えていた私 は、その実践の一つとして、東京学芸大学教育学部附属世田谷小学校(文部省研究指定校)で約一年、ドラマセラピー的な劇の授業を行った。そこでの活動を実 演を交えて提示し、教育領域におけるドラマセラピーの可能性などを検討したい。

私は、劇という安全かつ健全な方法を通して子どもたちをストレスなどから癒したり、表現意欲を高めさせたいと思っていたが、まず、アイスブレーキングのた めに、身体や声を使ってことばや感情を表現する練習を試みた。この時、子どもたちの照れをなくし、人前で自己表現することに慣れさせるために、私は自ら見 本を示した。指導者である私が自己開示を行ったことで、子どもたちの心身がより良くウォームアップされたように思う。

そして数回目の授業で、彼らがため込んでいたエネルギー(ストレス)を発散させる機会が訪れた。日常生活に似た状況で即興練習をさせるべく、私が母親役に なり怒ると、彼らは反抗心を私に向けて爆発させた。担任教師の話では、普段おとなしい子や、本当の母親に口答えできない子も、私に強く「反抗」していたそ うだ。例えばその中に、母親とのコミュニケーションがうまく行かず、家でいつも良い子を演じ、とうとう不登校気味になっていた女子児童がいた。彼女はこの 日、私という「母親」に激しい感情をぶつけたのだが、これがきっかけになって不登校は治り、家でも気持ちやことばを出せるようになった。本来「演劇」とい うものが持つ「カタルシス」、あるいは「癒し」の効果が、日常生活の向上に、プラクティカルに貢献した一例と言えるだろう。

このように、日常生活に「似た」状況で即興場面練習などを行うドラマセラピー的なアプローチには、脚本劇でキャスティングをして行う一般的な劇活動では出 にくい効果がある。また、個人の内面や実生活をさらけ出すサイコドラマとも違い、ドラマセラピーは現実から距離を置くので、取り組み易く安全で、かつサイ コドラマと同じくらいの強力な効果が得られると思う。

この小学校での実践を通して、小さな子どもたちでもそれなりにストレスを抱えていること、そしてそれがすでに日常生活において問題化していても、適切な時 に適切な方法で出してあげれば早く解決するということが改めて確認された。ドラマセラピーは、その「適切な方法」として今後大いに期待できるものの一つで ある。また特に問題がないと思われる児童たちにとっても、その予防、あるいは積極的な心の健康を考えるとき、ドラマセラピーは有効な手段の一つであると思 われる。

(2000年5月27日、日本演劇学会春季大会での研究発表のための予稿。)